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2019.11.27

アーカイブへ移行

ギャルリさわらびアーカイブblogへ移行いたします
Posted at 00:07 | 未分類 |
2019.11.27

令和元年11月、ギャルリさわらびが変わります。
創業から16年、これまでのご愛顧に心より感謝申し上げます。

游美舎 ひたちのくにのいえ www.yubisha.org
銀座ウミモリソラ www.ginzaumimorisora.com
Posted at 00:06 | 未分類 |
2019.10.29

奥行

デッサンをやめて写真を撮って、それを元にして絵をかく人がだいぶ増えた様である。それらの人には共通な絵の弱さがある。面に変換された自然から受けたイメージによるものだろう。自然の奥行の中でとらへたフォルムが大事だ(櫻井陽司:櫻井陽司会通信第7号より)
Posted at 12:40 | 詩文 |
2019.09.30

人間は横のつながりより縦のつながりが大事なのに、彼は横ばかりふりかえっている(櫻井陽司:櫻井陽司会通信第7号より)
Posted at 13:39 | 詩文 |
2019.08.15

クリスチャン・ボルタンスキー

boltanski2019.png

死の儀礼、
死者との交感、
それゆえの生

9月2日まで 国立新美術館
Posted at 19:05 | 日記 |
2019.06.21

薔薇と蓮華

西洋で薔薇であるものは東洋で蓮華である。どちらも光を表している。(ユング)
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天の岩戸神話や、マルローが言った光の蘇りたる日本をおもいます。日本は永遠に、光が洞窟から再現する瞬間を持っている、と。
Posted at 08:43 | 詩文 |
2019.04.17

ノートルダム・ド・パリ

(本日の産經抄より)
『パリは燃えているか』。ルネ・クレマン監督の往年の映画は、ヒトラーの実際の言葉が、タイトルになっている。占領下に置くパリの死守をナチス・ドイツ軍の司令官に命じていた。

 ▼それが不可能になった時には、凱旋(がいせん)門など重要施設をことごとく爆破せよ、とも。実際ノートルダム大聖堂の地下室にも、3トンもの爆薬が仕掛けられていた。連合国軍によるパリ解放の報を聞いたヒトラーは、命令が実行されパリが廃虚となっているのか、周囲に確かめたのだ。

 ▼パリを救ったのは、一人の英雄ではなかった。ヒトラーの命令を先に延ばしたドイツ軍司令官をはじめ、多くの人々がかかわっている。映画の原作となったノンフィクション作品(ハヤカワ文庫)のあとがきで、訳者の志摩隆さんが指摘していた。奇跡を起こしたのは、「文化や芸術作品がもつ力」ではないか。

 ▼1345年に完成したノートルダム大聖堂は、ゴシック建築を代表する建物とされる。とはいえその価値が理解されず、朽ち果てる寸前だった時代もある。人々の関心を大聖堂へ向け、修復工事が行われるようになったのは、文豪ビクトル・ユゴーの力が大きい。

 ▼大聖堂を舞台に、踊り子のエスメラルダをめぐり、鐘つき男のカジモドや副僧正、青年士官が恋の葛藤を繰り広げる。小説『ノートルダム・ド・パリ』は長く読み継がれてきた。現在は観光大国フランスでもえり抜きの名所となり、世界中から年間約1200万人が訪れる。

 ▼15日夕方に発生した大規模な火災によって、大聖堂の屋根や尖塔(せんとう)が焼け落ちた。全壊は免れたものの、現場には涙を流しながら聖歌を歌う市民の姿もあった。再建のために、文化や芸術作品がもつ力が再び奇跡を起こす時である。

Posted at 12:18 | 詩文 |
2019.04.03

令和、万葉集

令和という元号が、国書、万葉集からとられたことは、とても意義あることだとおもいます。時代が非常に大きく変わりつつある今、そのことをあらわしているようにも感じます。さわらびという名も、16年前、万葉集からとりました。令和は梅、さわらびは蕨、共に、季節は春です。きびしい冬を経て、春に咲き、かがやく風情が、万葉集の歌に詠まれています。天皇から庶民までの多くの人々の歌が、万葉集という一つの詩歌集に収められており、しかもこの時代にそれがなされていることは、世界に類が無いものです。和歌の下の平等という言葉がありますが、日本の古くからの国柄や文化をあらわしているように思います。これからの新しい時代は、今までに経験の無いほどに新しく、それでいてなつかしい、そういう直感があります。
Posted at 11:36 | 詩文 |
2019.03.07

きょうの展示風景

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2019.02.10

櫻井陽司デッサン展 有難うございました

16年前の開廊記念展として企画しましたデッサン展。その原点回帰ともなる展覧会となり、多くの方々にご来廊いただき、沢山の感動の声を聞くことが出来ました。
「90以上生きて、線一本引いて死のう」と言った画家の生き方そのものが線にあらわれる、、線一本が無限の空間をつくる、、その線に心打たれた方々と充実した時間を過ごすことができました。
デッサンに始まりデッサンに終わる、、デッサンとは人生そのもの、、。素描とは素、基、元、本、源、、土台であると同時に、志でもあります。それをあらためて、デッサンと人とを通して教えられ、感じさせられました。
これからも画家の遺志を、少しでも繋いでいきたいと思っています。
「デッサンこそ最後迄の目的である。全てがデッサンにかかっている。そしてデッサンこそ喜びである。(櫻井陽司)」
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