2010.05.18

御礼と『山の音』

さわらびコレクション展においで下さいました皆様、ありがとうございました。今回は、さわらびコレクションの中から、櫻井陽司、吉岡一、マルコ・ストパー、ジェラール・テッソン、富本憲吉、大和修治、大久保泰、丸山五郎、藤田嗣治、作者不詳作品等の展示となりました。会期中の御来廊が叶わずご連絡いただきました皆様にも別途機会をつくらせて頂こうと思っております。久しぶりにお会いする方や、新しい出会い、或いは画家さんの作品をご紹介いただいたりと、とても有意義な時間を頂戴しました。その中で、ある画家さんの作品が載せられたリーフレットを拝見しましたところ、川端康成の『山の音』をモチーフに描かれた作品の他、東京谷中の町と印象的なヒマラヤ杉や古い小さな田舎の駅舎等々が描かれ、なつかしさと共に画面から生れいずるなにものかを感じ、一度御作品を実際に拝見したいと思いました。『山の音』は、戦後日本文学の最高峰とも云われ、私も随分前に読んだことがありますが、無性に再読してみたくなり、その日のうちに有楽町駅前の書店で文庫本を入手し一気に読んでしまいました。そして、『山の音』が何故「戦後日本文学」の最高峰なのかをあらためて考えさせられました。川端は次のような言葉を残しています。「敗戦後の私は日本古来の悲しみのなかに帰つてゆくばかりである。私は戦後の世相なるもの、風俗なるものを信じない。現実なるものもあるひは信じない」。川端は「戦後」というものを知っていたでしょう。≪「ぎゃあっ、ぎゃあっ、ぎゃあっ。」と聞える鳴声が庭でした。左手の桜の幹の蝉である。蝉がこんな不気味な声を出すかと疑ったが、蝉なのだ。蝉も悪夢に怯えることがあるのだろうか。・・・月の夜が深いように思われる。深さが横向けに遠くへ感じられるのだ。八月の十日前だが、虫が鳴いている。・・・そうして、ふと信吾に山の音が聞えた。風はない。・・・魔が通りかかって山を鳴らして行ったかのようであった。≫「横向けに遠く」とは、『山の音』にも出てくる渡辺崋山の如き墨絵の距離感を思わせます。遠近法は無視され、突如として「魔」があらわれる。私は先に「なつかしさと共に画面から生れいずるなにものか」と書きましたが、「なつかしさ」というものをいつも大事にしたいと思っています。それは単なるノスタルジックな憧れではなく、今に生き、そしてこの先へと繋ぐなつかしみを思っています。そして、「生れいずるなにものか」は、美名としての生命力といった綺麗事では済まない力。それは不気味な「魔」に覆い尽くされながらも、それを覚知し(この覚知し認識するという段階がまずたいへんな難所でしょう)、ぎりぎりのところで撥ね退けてやろうとする意志のようなもの。もはやその意志さえも失われようとしている中の最期の灯火のようなもの。世相も風俗も現実も信じられないとき、川端は「日本古来のかなしみ」に帰ろうとする(「かなしみ」は現代人が用いる「悲しみ」とは全く同義ではないでしょう。それは「なつかしみ」とも重なって見えます)。そしてそのことが『山の音』という「現実」を、現代の私共の目前に残してくれました。何かが受け継がれるということは、「最期の灯火」を消さないということなのかも知れません。そして「戦後」とは何かということについても、戦後65年に生きる私共が、今、考えなければならないことだと思います。「さわらび」の歩みについても、示唆を与えられたように感じています。「山の音」が、聞えるでしょうか。「川端康成コレクション展」が水戸で開かれていますが、こちらも興味深く思っています。