2011.08.19

駄菓子屋の路地

子どもの頃に遊んだ田舎の駄菓子屋の近くに、大きな戦没者慰霊碑が立っていました。
当時はその意味も知らずに、碑のまわりで走り回って遊んでいました。
故あって、その地を離れることになり、だいぶ年月が経った折に、その場所を再び訪れる機会がありました。
駄菓子屋は疾うの昔に無くなったようですが、家はそのままにあり、この古い家の一角が店で、あんなものがあったこんなものがあった、もんじゃ焼きの小さな机も一つあってうまかった、それにしても店はこんなに小さかったかなぁ・・と、今では子どもの姿も見かけないかつての駄菓子屋の路地に立ち、言い知れない懐かしさに襲われました。

メンコやどろじん(けいどろ)、缶けり、ケンパに、ぱちんこetc・・。此処はちょっとした山でもあるので、夏はカブトムシやクワガタ取りもよくしました。
ばちんこは落ちているどんぐりなどを使って、木によじ登ったりしながら、相手をぱちんこで狙う戦争ごっこみたいなものでした。ケンパは石蹴りとも云い、神社の境内などでもよくしました。どろじんや缶けりでは、誰の家かも関係なくそこいらじゅうをかけずりまわっていました。

そういう子どもらにとって、駄菓子屋と駄菓子屋のおばちゃんは、なんというか、オアシスみたいな存在だったかも知れません。近所の子どもも大人も何となく通じ合っているというか、結ばれているというか・・。昔はもっともっと、ひとりひとりの顔が見えていたこころ篤い世の中だったのだろうとも思います。

先日、東京上野の下町風俗資料館というところを見る機会があったのですが、駄菓子屋がこういうところに復元展示(写真)されているのを見て、懐かしく思うと同時に、駄菓子屋の後ろ側にあった家族のような町、日本、そのことを思いました。

そしてそういうものを守るために散華された先人たちを思いました。このままでは、日本そのものが「展示」され懐かしむ時が来るのではないか、懐かしむ者もいなくなるのではないか、取り戻すために、もはや手段など選んでいられないのではないか・・。

個人的には、日本に対する根本的な信頼がありますが、しかしそこに拠りかかってはいけないのだと思いました。展示された駄菓子屋の路地に立ちながら。

藝術が、時代を動かす力とならんことを・・。

廊主

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Posted at 21:11 | 日記 |