2012.08.20

歌の力 ―常陸國をめぐって―

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大洗

「大洗の日の出を見ずして日の出を語るべからず」棟方志功

古事記1300年。大洗。
故郷常陸のことを少し書いてみようと思います。
廊主



歌の力 ―常陸國をめぐって―

 『古事記』に、「この御酒は わが御酒ならず 酒(くし)の長(かみ) 常世にいます 石(いわ)立(たた)す 少名御神の 神(かむ)壽(ほ)き狂ほし・・」という、酒盛りの席でうたわれたとされる歌があります。歌の後半は、「豊壽き 壽きもとほし 献(まつ)り来し 御酒(みき)ぞ 乾(あ)さずをせ ささ」と続いています。
 「この酒はわたくしのお酒ではございません お神酒の長官 常世の国においでになる 岩になって立っていらっしゃるスクナヒコナ様が 祝って祝い廻って 献上して来たお酒なのですよ 盃をかわかさずに召し上がれ」(角川版訳)

 スクナヒコナ神について、常陸国出雲大社(茨城県笠間市福原)の由緒に、日が沈み休まる国「日隅宮」と称される島根県出雲大社から、大国主大神の第二御子神である御名方大神をお祀りする長野県諏訪大社と、日が生まれる国常陸国福原の地が直線で結ばれることを記し、『日本文徳天皇実録』(871年)によると御祭神大国主大神は、神代の昔、常世之国(常陸国)の少名彦命と共に国づくりに励まれたと伝えられている、とあります。
 谷川健一氏は「常陸―東方の聖地」(『常世論』)の中で、常陸・大洗の常世の国の神スクナヒコナの伝承について鹿島の神との関連から述べ、柳田國男氏は『海上の道』で、鹿島のミロク踊りにおけるミロクの出現を海から迎えるという信仰について述べています。
 『古事記』の酒盛りの歌は、海中に立つ岩に常世の神スクナヒコナを見、人々が海辺で酒盛りをしたときの歌なのでしょう。
 大洗磯前(いそさき)に散在する磯石は、あたかも訪れる神々を想像させ、また大洗に限らず常陸の海岸に作られた横穴墓や古墳群の存在は、常世の国の思想と結びついているようです。死者達が渚に面する海辺に葬られたのは、そこが常世の国に往来できる聖地と考えられたからでしょう。
 そしてその聖地で歌われる歌は、死者達の魂鎮めとなり、死者達と共に在る瞬間として、現在の日本の祭りにも繋がっているのではないでしょうか。

 常陸の海の歌につづき、山の歌に目を向けてみましょう。

 常陸・筑波山に代表される「かがひ」(歌垣)は、最初は農村の信仰的行事として神の資格を持った男が神の巫女である女と歌のかけ合いをしたことから始まり、それがだんだんと青年になった男女が神と巫女という信仰の名の下に妻や聟を選ぶという観念が強くなっていったようです。歌のかけ合いや、酒食を共にし、人々もそれを待ち望むようになりました。
 都びとが遠い都からこの風俗に驚き、強い関心を寄せていたことは、『万葉集』の東歌(あづまうた)にも数多く見られます。都びとが詠む筑波山は、憧れや山へ登れた喜び、登れず残念だった歌まであり、あくまで他所から来た者の興味と関心ですが、東びとにとっての筑波山がもっと自然の生活の中に融けこみ、筑波山が出てくる必要のない歌まで筑波山がでてきて、何につけても筑波山を詠ったというところなども見られ面白いところです。それだけ筑波山信仰が強くあり、筑波の神のご加護を人々が求めたのでしょう。情熱的で率直で素朴な、都びとの歌とは全く異質な歌の世界をあづま歌はつくりあげています。
 筑波山南麓には、「日本一社」と称する蚕影山神社という小さな古社があります。古来このあたりは養蚕が盛んでした。
 <筑波嶺の 新桑繭(にひくわまよ)の 衣はあれど 君が御衣(みけし)し あやに着欲しも>
 婚姻の際に、その翌朝男女が下衣を交換するという習慣から、筑波山の新しい繭で織った着物はあるけれども、あなたのお召し物がたいへん着たいことだと歌い、この歌の「筑波嶺の」が「たらちねの」と変化し、筑波でない地方でも歌われていったようです。絹を歌っていますから、はじめは筑波の神につかえる巫女が歌った歌が、その後恋歌として人々に歌われるようになったのでしょう。民謡のような魅力のある歌です。

 また、防人の歌で大伴家持は、奈良時代北九州を防衛した防人(さきもり)に勇敢な東国の男を選ぶのだと歌っています。
 <とりが鳴く あづまをのこは 出で向ひ 顧みせずて 勇みたる 猛き軍兵と 労き給ひ>

 遠い九州から故郷を歌っています。
 <吾が面(もて)の 忘れも時(しだ)は 筑波嶺を ふりさけ見つつ 妹は偲(しぬ)はね>
 故郷の筑波山は山麓に住む人々にとって心を寄せる神の在すところ、その筑波山を見て私の顔を思い出してくれ。

 <歌の本体、政治をたすくるためにもあらず、身をおさむるためにもあらず、ただ心に思ふことをいふより外なし>
 これは本居宣長の『排蘆小船(あしわけおぶね)』に記されている言葉です。
 善悪、吉凶、うれい、かなしみ、よろこび、いかり、そのいずれにも役立つのが歌でありこころがあふれことばが幽玄の深みに届いていれば、鬼神もこれに感動する、と。
 神代から歌い継がれてきた日本の歌、そのこころ、その力。現代日本人として受け継ぐとは・・。

Posted at 15:48 | 詩文 |