2013.05.20

ベーコン、土方、ゴッホ・・

「こんなことが気になって仕方がないんだ。どうやったら、まったく理性的ではないやり方で作品をつくることができるのだろう?見た目の上だけでイメージをつくり直すのではなくて、わたしたち自身が把握しているあらゆる感覚の領域をつくり変えたいんだ。」フランシス・ベーコン

それは徹底して理性的であろうとする態度の中から生まれるものではないか。理性的であることを忘れるほどの徹底さから。理性主義と其れとは紙一重かも知れないが、天地の開きがある。
ベーコンとの連関が指摘される「舞踏」は、その徹底さゆえに人間の理性を超越する。人間の理性を恐れ、そしてその「領域をつくり変え」る、若しくは「忘れる」(更には殺す)ことによって決定的に広がる世界を畏れ、同時に其処に遊ぶのだ。理性が不要なのではなく、「殺す」ために生かすのである。

「舞踏とは命がけで突っ立った死体である。」土方巽

「偉大な芸術は人間の置かれている状況がいかに脆いかをきちんと思い出させてくれます。」フランシス・ベーコン

「ファン・ゴッホの肖像のための習作」(ベーコン)の連作には、其の「脆さ」の移り行きがある。それは脆いがゆえにかがやく、四季のうつりのようだ。脆いがゆえに移り行き、移り行くがゆえに途絶えない。脆いものを堅く強固に装えば、結果其れは滅んでゆく。脆さゆえのかがやき、その光の受け継ぎこそが、実は真のつよさ(勁さ)ではないだろうか。

「彼らみずからが花のように自然の中に生きていく。こんなに素朴な日本人たちが我々に教えるものこそ、真の宗教とも言えるのではないか。もっと自然に帰らなければいけない。」ファン・ゴッホ


フランシス・ベーコン展 Francis Bacon
2013.3.8-5.26
東京国立近代美術館

櫻井陽司さんにとっても、ゴッホはかけがえのない存在でした。櫻井陽司展、最終週となります。
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