2013.10.21

枝付きのざくろ

櫻井陽司さんの描いたデッサンとの出会いをきっかけに画廊をはじめて10年、何度かの櫻井展のその度に、こころから櫻井さんの絵を愛し、人を愛し、そういう方々とのご縁をいただきました。

この度の「櫻井陽司デッサン展―ギャルリさわらび10周年記念」におきましても、櫻井さんとの長いお付き合いがあり、弊廊のことを最近人伝に聞き(この知らせてくださった方とのご縁もとても縁深いものを感じています)、ご体調のご心配もありながら、デッサン展にかけつけてくださった方がいらっしゃいました。

その方の、「胸にあふれるような想い」(いただいたお便りを、ご了解を得て、下記に転載させていただきました)。私もお会いしました折に、ひしひしと伝わってくるものがあり、同時にここ数年の間にあった様々なことも相俟って、熱いものがこみあげてくる想いでした。

このような方々のお心に支えられて、弊廊は、今日まで歩んでこられたのだと思います。ほんとうに有難うございました。

櫻井さんの絵には、生き生きとした力、清冽に迸る血液のような激しさ、厳しさがある反面、深い静けさの内に宿る優しさ、あたたかさがあります。間違った線を一本引いてしまったときの苦しさは、その精神とのぎりぎりの格闘を伴い、想像を絶します。櫻井さんの生き方が、作品そのものです。

その生き方から少しでも学びつつ、そして皆様方のおこころを思いつつ、これからも微力を尽くして参りたいとおもいます。

「線一本引いて死のう」と言った、櫻井さんの「線一本」への思い。
一度の展覧会における、一枚のデッサンの展示の仕方ひとつに心を込めることから、その思いに僅かづつでもこたえていかねばとかんがえています。
軽佻浮薄を許さず、納得のいかない展覧会は決して行わなかった櫻井さん。
展覧会をさせていただくことの意味。そのことをいつも考え、櫻井さんの作品との対話を重ね、遺された言葉の意味をかんがえてまいりたいと思っています。

お墓参りに、ざくろを供えられたとのこと。櫻井さんのみずみずしいざくろの絵を思い出します。デッサン展後のお墓参りがまだ済んでいないので、私も近いうちに参りたいとおもっています。


≪「櫻井 陽司 デッサン展」の際、娘とお伺いして、お話をさせていただきました○○です。

 つい、胸にあふれるような想いで、長話をいたしまして、あとから入られた3人の方に、田中さんとのお話の機会をなくしてしまいました。

 先週、櫻井さんのお墓参りができました。
丁度熟した「ざくろ」を枝からいただきましたので墓前に供えて・・・・

 先の日に「さわらび」に伺いました○○さんに、彼女の車で連れていっていただいたのですが、ほんとうに短い年月の間に、皆さんがと思い、胸一杯でした。

 我が家にも、いろいろと事情はありましたが、ネットで検索ひとつすれば「ギャルリさわらび」のこともわかりましたのに、櫻井さんに申し訳ない思いのみでした。
 
 でも、田中さんがいらして「ギャルリさわらび」ができて、櫻井さんは報われましたね。
櫻井さんに、私のお詫びとともに、何回も、良かった、よかった。と話してきました。

 私が歩けるうちは、また「さわらび」に伺います。これからもどうぞよろしくお願いいたします。≫