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2019.04.17

ノートルダム・ド・パリ

(本日の産經抄より)
『パリは燃えているか』。ルネ・クレマン監督の往年の映画は、ヒトラーの実際の言葉が、タイトルになっている。占領下に置くパリの死守をナチス・ドイツ軍の司令官に命じていた。

 ▼それが不可能になった時には、凱旋(がいせん)門など重要施設をことごとく爆破せよ、とも。実際ノートルダム大聖堂の地下室にも、3トンもの爆薬が仕掛けられていた。連合国軍によるパリ解放の報を聞いたヒトラーは、命令が実行されパリが廃虚となっているのか、周囲に確かめたのだ。

 ▼パリを救ったのは、一人の英雄ではなかった。ヒトラーの命令を先に延ばしたドイツ軍司令官をはじめ、多くの人々がかかわっている。映画の原作となったノンフィクション作品(ハヤカワ文庫)のあとがきで、訳者の志摩隆さんが指摘していた。奇跡を起こしたのは、「文化や芸術作品がもつ力」ではないか。

 ▼1345年に完成したノートルダム大聖堂は、ゴシック建築を代表する建物とされる。とはいえその価値が理解されず、朽ち果てる寸前だった時代もある。人々の関心を大聖堂へ向け、修復工事が行われるようになったのは、文豪ビクトル・ユゴーの力が大きい。

 ▼大聖堂を舞台に、踊り子のエスメラルダをめぐり、鐘つき男のカジモドや副僧正、青年士官が恋の葛藤を繰り広げる。小説『ノートルダム・ド・パリ』は長く読み継がれてきた。現在は観光大国フランスでもえり抜きの名所となり、世界中から年間約1200万人が訪れる。

 ▼15日夕方に発生した大規模な火災によって、大聖堂の屋根や尖塔(せんとう)が焼け落ちた。全壊は免れたものの、現場には涙を流しながら聖歌を歌う市民の姿もあった。再建のために、文化や芸術作品がもつ力が再び奇跡を起こす時である。