2010.04.06

皇居の花

先週、皇居勤労奉仕に参加させて頂く機会に恵まれました。ここには皇居の風景や花のことなどについて記します。
皇居内建物の自然に逆らわない水平線と、それを取り巻く木々の垂直線が織りなす素描が美しいと思いました。御神鏡を御祭りする賢所前では、もう何も言葉は要りませんでした。
花は藪椿侘助系の椿、それに山桜がこの場所には特にこころうれしく、改良種の椿や染井吉野は別のものに見えます。堀外から皇居を見下ろすように建つ高層ビル群は、戦後日本の歴史の捩れた縦軸を顕しているかのようです。先程の素描に、そういう線一本あるだけで、絵は絵でなくなると感じます。
日本の道の歴史との断絶の予兆は、既に明治政府発足直後からあったものの、南洲翁や乃木大将等の志を継いだ戦前迄の日本には、侘助椿のようなつましくはかな気ゆえの輝きがあり、山桜のような一本一本が個性的な古武士の如き男と情深き女の姿があり、いにしえよりの連綿を継いできたのだと、それだからこそそういう花を日本人は古来愛し、今回皇居内を案内していただいた方々からもそういう花を特に愛されているという御気持ちが伝わってきました。
守ってくれているものを押しのけてまで咲き、華やかさばかりを競うかのようなつくられた花を、戦後日本人は美しいと思い、そういう美しさを求め作り出してもきたように思いますが、そういった美がほんとうの美ではないことを、換言すれば偽物の美や文化に覆われてしまっていることを、或いは少なくとも日本の美ではないことを、戦後65年という日本にあって、そして皇居という場所にあって、考えないではいられませんでした。
私は山桜咲く山里育ちということもあってか、染井吉野は桜ではないとも思ってきましたが、花に罪があるわけではありません。残る桜も散る桜であります。
山桜藪椿の木々とそういう自然とともに在った先人たちという永い歴史の縦軸と、それに逆らわない建物や今を生きる我々という横軸が見事に解け合う一幅の絵が描かれれば、それは美術などという言葉も無用の日本の歴史そのものとなるのでしょう。
侘助椿がぽとりと落ちる音にならない音を聞く、日本のなつかしさをいつまでもなつかしいと思い、それゆえのかがやきと生命力ある日本の文化や伝統の永遠を祈ります。